山岡達丸です。
 本日午後、安倍政権が目玉政策と位置付ける、いわゆる「働き方改革」法案が衆議院において与党の多数によって可決・通過しました。この法案の中身や審議経過について多くの問題は、各所で指摘をされていますが、議論の一番のポイントは、残業代、深夜労働手当、休日手当といった概念がない働き方、どれだけ働いても「残業代(と、各種手当)ゼロ」となる「高度プロフェッショナル制度」いわゆる「高プロ」を、日本に導入するかどうかということについてです。与党は賛成、多くの野党は反対という状況です。

 この議論すると、必ず言われるのは「高プロは一定の年収以上の人(政府では現在1075万円以上の人を想定)のみが対象なので多くの人には関係ない。一部の高給取りの人だけの話」という意見があります。

 これに対して反対派は「時間労働という概念のない制度が、一度作られてしまえば、年収1075万円の要件は、いずれ引き下げられる」と批判します。これは労働者派遣法の歴史などを見れば、まったくその通りの指摘なのですが、いずれの意見も「現時点では多くの労働者にとって身近なことではなく、影響が出るのは先のこと」という目線であることは共通しています。

 しかし、私はこの目線は的を射ていないと思っています。

 高プロ制度で働くことを選んだ人が寝ずに24時間働くのは非現実的(といっても法文上は可能です)だとして、一日6時間は休憩し18時間働くとします。あわせて高プロの要件である年間104日の休日と、健康診断のための休日(実際にどの程度の頻度で必要なのかは、明確ではありませんが、月1日の年12日とします)はしっかりとるものとします。

 6時から24時までとして、所定勤務8時間に加えて、時間外労働10時間には25%の割増賃金、22時以降の労働にさら25%の割増が付きますから、18時間労働の場合、賃金に換算すると21時間(18時間の勤務+時間外労働手当2.5時間+深夜労働手当0.5時間分)と同等になるわけです。

 年収1075万円を労働日数249日(365-104日の休日義務-12日の健康診断休み)で割り、かつ21時間で割りますと所定勤務の時給にして2056円相当の方ということになります。時給2056円というのを、8時間労働の人で同じ休日条件(年間の休み116日というのは土日祝日合わせて不自然な値ではありません)で換算したときに、計算式は2056円×8時間×249日勤務=409万5550円程度です。

 つまり年収1075万円というのは、現在8時間の所定勤務で年収410万円稼いでいる人を、毎日18時間働かせ、各種手当を乗せた金額と同程度ということです。


 土日祝日しっかり休んで、労働時間が一日8時間で年収400万円貰えるならかなりの好待遇だ、というご意見もあるかと思いますが、一つの水準という視点で見ると、企業側にとってかなり現実的に運用できる制度です。(1日の労働時間を16時間としたときは、時給2400円。年収478万円で8時間労働している人と同じくらいということになります)

 労働力不足という時代の中で、企業の中には現在の社員に2人分以上の労働をしてもらおう、そのために2人分の給料を払ってもいい。だから高プロを導入しようと考える企業も出てくるでしょう。

 また高プロ適用は労働者自身の意志を確認することになっていますが、企業から「君、いま年収400万だけど、いまの2倍以上働かないか、年収は1075万円を保障するよ」と選択肢を示されたときに、1日18時間働いても1000万を稼ぎたいという労働者も、中には登場すると思います。

 今回の法案はについて安倍政権は「働きたいと思う人のニーズに応えるもの」と説明しますが、時間を無視して働かせる企業と自己責任で健康を犠牲にする労働者たちを容認すれば、社会全体の労働環境は必ずそちらに引っ張られます。現時点でも行き過ぎた長時間労働の中で過労死が社会問題化していること、残業分すべてが賃金になっているわけではないという現実がある中、この「高プロ」制度を容認するという価値観は私は持てません。

 (対象職種は「高度の専門的知識、技術又は経験を要する」「業務に従事した時間と成果との関連性が強くない職種」に限るということになっていますが、思考時間も含めて何にせよ時間をかけないよりは、かけたほうが成果出やすくなるという当たり前であり、高度の専門性というのも不明瞭という問題があります。この論点については別の機会に譲ります)

 これに反対する野党はあらゆる手を使いました。野党の審議拒否が批判をされましたが、通常ならば審議が不正常になれば与党は足を止めるのものという良識に期待しての行動だったものの、衆議院自民党は野党が来なくても委員会を開催し、野党の質問時間を「カラ回し」してまで審議時間を稼ぎました。つまり、何を言われようが「本気」でこの法案を成立させようというのが衆議院自民党の意志であったということです。これを逆転するには選挙を通じて、こちらが多数の議席を取る以外になく、あらためてその思いを胸に強く抱くところです。

 今後、この法案の審議は参議院に移りますが、国民の命、社会のあり方、一人一人の人生にも大きく影響を及ぼすであろう内容だけに、今後の議論においては参議院自民党をはじめとする与党の皆様方の良識に強く期待します。